車に行き先を指示するだけで、本を読んだり映画を観たりしている間に目的地に到着する……。 自動運転は人々の生活を大きく変える技術だ。青木は、自動運転技術の最高峰である「完全自動運転」の研究に取り組んでいる。研究の社会実装にも積極的だ。「Real World Problem(実世界の問題)を解け」を信条とする、青木の活動にせまる。
青木 俊介
アーキテクチャ科学研究系
助教
2014 年、東京大学大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻修士課程を修了。日本学術振興会特別研究員、Microsoft Research Asia を経て、2015 年夏よりカーネギーメロン大学計算機工学科(Real-Time&Multimedia Systems Laboratory)に留学。2020 年9月に同大学で博士号取得。カーネギーメロン大学客員研究員、東京大学生産技術研究所協力研究員、名古屋大学未来社会創造機構特任助教(現在は併任)を経て、2021年4月より現職。専門は自動運転、移動ロボット、深層強化学習、車車間通信(V2X)など。2021年12月に「高柳健次郎財団2021年度 研究奨励賞」を受賞。
「車の運転って、実は皆さんが思っているほど簡単じゃないんですよ」
公道では未知の状況が多く発生する。例えば、歩行者の急な飛び出しや、一時的な工事、車線規制などだ。人間はこのような状況を理解して柔軟に対応できるが、システムにはそれが難しいと青木は言う。
「屋内に限定すれば自動運転は可能でしょう。実際、空港などでは指定した地点間を往復する自動運転車両がすでに導入されています。しかし、未知の状況が多発する場所、例えば公道などでも走行可能なシステムを開発しないと、本当の意味での自動運転は実現できません」未知の状況を克服するためのアプローチは2つ存在する。青木はその両方に取り組んでいる。
1つ目は、車単体で周囲の状況に対応する方法だ。青木は、人間の意図を理解する「超人間級AI運転手」を開発することで、車単体での完全自動運転を実現しようとしている。
「AI運転手は人間の運転手のように思考できます。例えば隣の車が幅寄せしてきた場合、相手がレーン変更しようとしているのか、偶然近づいてきただけなのかを判断できるのです。これにより、他車との連携や歩行者の安全確保を実現します」。この研究は、2021年度の科学技術振興機構(JST)大学発新産業創出プログラムSBIRフェーズ1に採択されている。
2つ目は、他車や周囲のインフラと通信・連携する方法だ。周囲と協調すれば、安全でエコな走行が可能になるという。「逆光で信号機が見えないこと、よくありますよね。自動運転車が信号機と通信できれば、信号が見えなくても、現在の信号の色や他の色に変わるタイミングなどが分かります。信号機からの情報を元にアクセルやブレーキのタイミングを制御すれば、安全で燃費のいい走行が可能になるのです」。各種センサーやGPS衛星、地図データベースなどとも連携が可能だ。将来的には、スマートシティの実現にもつながるという。こちらの研究は、「安全なデータ共有・協調型自動運転システムの開発」として、JSTのさきがけに採択されている。
研究を行う上で青木が常に意識しているのは、将来的な社会実装だ。そのため、机の前に座るだけではなく、実際に車を走らせてデータを取る作業を重視している。さらに青木は、社会実装を実現するにはソフトウェア開発だけでは不十分だと考えている。
「自動運転車は多くの場合、周囲を認識するためのセンサーとしてLiDARとよばれるレーザーを搭載しています。しかしLiDARは高価格であり、一般車への搭載は難しいでしょう。そこで我々の研究では、センサーとしてカメラのみを使用する計画です。実際に流通できる車をつくることに意味があると思っています」
青木が自動運転と出合ったのは、留学先の研究室を探していたときだった。「ある研究室を訪問した際に初めて自動運転車に乗り、非常に大きなインパクトを受けました。人生が変わる経験でしたね。自分がつくったプログラムに基づいて実際に車が動き、それを人にも体験してもらえる。情報系のなかでも非常にスケールが大きい分野だと魅力を感じ、自動運転の研究を始めることにしました」
その後、青木はアメリカのカーネギーメロン大学に進学して博士号を取得する。「カーネギーメロン大学は、実際のものづくりを重視する大学です。教授にも『Real World Problem(実世界の問題)を解け』と何度も言われました。現実の問題とリンクしない研究には意味がないのです。その点、自動運転はまさに今の時代に求められる技術です。『今だからこそ解決しなければいけない、アタックしなければいけない』という思いで、自動運転における課題に取り組んでいます」
今や、アメリカや中国を筆頭に世界中で自動運転車の開発が過熱している。このような状況で、日本で完全自動運転車を開発することには大きな意味があると青木は言う。
「自動運転車は次世代のプラットフォームになると思います。つまり、スマートフォンと同じように人々が当たり前のように自動運転車に乗る未来がやってくる。そのようなプラットフォームを日本で実現すれば、日本の産業をもり立てることができるはずです」
青木は、2030年までに完全自動運転のEV車両をつくることを目標に掲げている。理論面の研究を続ける傍ら、社会実装や実運用に向けた検討も進めていく予定だ。
「留学先のアメリカから日本に帰ってきたのは、『生まれ故郷である日本の産業を盛り上げたい』と強く思ったためです。『過去の焼き直しで生きない』『常に新しい挑戦を続ける』という言葉を胸に抱きつつ、これからも活動を続けていきます」
未来を見据えて完全自動運転という新しい歴史をつくる、青木の挑戦から目がはなせない。
(取材・文=太田 真琴)