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限られた周波数を最大限に活用し

高品質な次世代無線通信の実現をめざす

モバイルフォンやIoTデバイスなどの増加に伴い、近年のモバイルデータ量は激増しており、無線資源(割り当て可能な電波周波数)の不足は、すでに深刻だ。次世代無線通信に向けた新たな技術が必要とされるなか、金子は無線資源割り当てや干渉制御などモバイルシステム全体の特性にかかわる理論構築に取り組んでおり、その研究成果は世界的に注目されている。

金子 めぐみ

アーキテクチャ科学研究系

准教授

幼少時よりフランス・パリで過ごす。2004年フランス・Télécom SudParis (グランゼコールの一つ)とデンマーク・オールボー大学の修士課程を同時修了し、Master of Science及びDiplôme d'Ingénieur (Double Degree)を取得。2007年デンマーク・オールボー大学にて博士号(工学)取得。2008年より京都大学大学院情報学研究科にて日本学術振興会特別研究員-PD、2010年からは同研究科助教を務める。2016年より現職。2017年にParis-Saclay UniversityにてHDR (フランス教授資格)を取得。2019年に文部科学大臣表彰(若手科学者賞)。

さまざまな要求を同時に実現するにはバランスとトレードオフが重要

 幼少時からフランス・パリで育った金子は、物理や数学への興味からグランゼコールの一つに進学、修士過程のときにダブルディプロマで留学したデンマークのオールボー大学での経験がきっかけとなり、研究者の道を歩み始める。

 「指導教員をはじめ、周囲の学生や研究者たちとディスカッションや意見交換をしながら、自分のアイディアで新しいアルゴリズムや無線通信の方式を生み出すことができる研究生活は楽しく、とても魅力的でした」

 オールボー大学は無線通信分野の研究で世界的に有名であり、金子にとって有意義な環境だった。その後オールボー大学の博士課程に進学した金子は、4G(第4世代移動通信システム)の立ち上げプロジェクトに研究員として加わっている。

 現在、移動通信システムは4Gから5Gへの移行期を迎え、伝送速度の向上や大容量化が期待できる一方で、遅延、信頼性、接続の高密度化など、さまざまな課題が残っている状況だ。5Gで検討されている周波数帯の一部はミリ波帯(30〜300GHz)に含まれ、これまでよりも周波数が高いため、通信品質が劣化しやすく近距離しか届かないなどの問題がある。

 金子は、無線資源の割り当て法や干渉制御を中心に、限られた資源を複数のユーザーやシステムに効率的に共有させる方法を研究している。速度、容量、遅延時間、同時接続できるデバイス数、コスト、エネルギー消費量など、複数の相反する評価指標を同時に達成することは難問であり、現実的なシステム制約に求められる"バランス"と"トレードオフ"を考慮しながら最適解にアプローチできる方法を探すのだという。

より現実的な条件を取り入れた理論解析に成功

 4Gまでの課題は、伝送速度が主だったが、5G以降は、このような複数の評価指標を同時に実現することが求められる。金子はクラウド(雲)での中央集中的制御に加え、よりエッジ側で制御を行うフォグ(霧)アクセスネットワークと呼ばれる仕組みを使い、システム全体の伝送速度の向上と遅延削減、エネルギー利用効率向上を同時に実現できる方法を提案した。

 また、IoTのための無線システムのプロトコル設計も手掛けている。IoTにおける通信では、デバイスの大量接続が求められ、低コストや低消費電力の実現が必須となる。このための新たな通信コンセプトとして、LPWAN(Low Power Wide Area Network)の開発が進められ、いくつかの方式が提案されているが、金子はLoRa方式についてプロトコル設計を行い、電波の割り当て方式や電力消費、遅延について大幅な改善方法を提案、また現実的な厳しい干渉が起こる環境において、達成可能な伝送速度の理論的解析を行った。

 さらには機械学習を活用した無線通信ネットワークの高度化も手掛ける。今後はIoTシステムに加え、ドローンネットワークやサテライトシステムなど、より複雑で新しいシステムも入ってくる。さらに自動運転などモビリティの移動速度の高速化も予想される。このような状況では、無線品質は万分の1秒単位で振動することになり、数理的な最適化問題として解くことは不可能だ。そこで中央集中的な制御ではなくて、各モバイル端末に学習機能を持たせて自律させる分散型の制御法を開発している。NTTとの共同研究における成果では、特許の出願も行った。

 一般に、理論的に導出した指標値は、理想的な条件を仮定しているため、そのまま現実空間に適用することはできない。金子はこれらの研究において、より現実的な条件を取り入れた理論解析に成功し、応用に向けた性能指標を導出した。その成果は、通信技術系の大規模な世界大会であり、無線通信分野の主なトップカンファレンスIEEE GLOBECOM(IEEE Global Communications Conference)でBest paper awardを受賞するなど、すでに複数の国際会議やジャーナルで高く評価されている。

 「理論と応用のギャップを縮めていくことに面白みを感じる」と研究への熱意を語る金子。自身の研究成果が今後のモバイル社会を支えるのみならず、低消費電力の実現などにより、地球の環境危機に少しでも貢献できたらと願っている。

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