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複雑な世の中の動きを「見える化」することでよりよい世界への道標を示したい

水野は「計算社会科学」を専門とするデータサイエンティストとして、経済や社会の喫緊の課題解決に挑んでいる。コロナ禍では、携帯電話キャリアやGPSのデータなどを活用した自粛率や接触頻度の「見える化」を行い、対策に役立てられた。ネットワーク解析から企業や組織の活動を明らかにし、その影響力を測る取り組みはESG投資などに活用され、世界をよりよい方向へ導くことに一役買っている。

水野 貴之

情報社会相関研究系

准教授

2005年、中央大学大学院理工学研究科博士後期課程修了、博士(理学)。東京工業大学総合理工学研究科・日本学術振興会特別研究員、ボストン大学客員研究員、一橋大学経済研究所専任講師、筑波大学システム情報系准教授、科学技術振興機構さきがけ研究員を経て、2013年より現職。専門は計算社会科学、経済物理学、データサイエンス。2019年8月に「人工知能学会 2019年度全国大会 全国大会優秀賞」受賞。

コロナ禍における地域ごとの自粛率や接触頻度をビッグデータから導き出す

 世界の様相を一変させたコロナ禍において、水野は2020年3月半ばという早い段階から、新型コロナウイルス感染症対策の研究を手掛けてきた。キヤノングローバル戦略研究所のメンバーとともに、NTTドコモの携帯電話約8000万台の基地局情報からリアルタイムの人口分布を推定し、平常時の外出者数との比較割合で自粛率を算出。政府が接触8割減を呼びかけるなか、水野が示した自粛率は一つの指標となり、連日のように報道されて人々の行動変容につながった。

 「さらに感染抑制と自粛率の相関を明らかにし、年代別・性別ごとの行動のちがいなども確認しました。その後、政府が三密を避ける新しい生活様式を提唱するなかで、私たちが注目したのが『接触頻度』です。人の接触を8割減にしようとすると、同時に経済活動も停滞してしまいます。そこで、より現実に近い接触頻度を導き出したいと考えました」

 ここで水野が用いたのが、携帯電話のGPS位置情報だ。許諾の取れた携帯電話利用者約20万人から集めた数m精度の位置情報データと、ドコモの基地局から収集した約8000万人分の500m四方精度の位置情報データという、二つの粒度と量の異なるデータを使い、地図の3次元データなどと重ね合わせて、単位時間あたりの人口密度の変化を割り出した。その結果、500m四方の一人あたりの接触人数の変化が推定できるようになり、人の接触を8割減にするためには、人出を6割5分程度に減らすことで実現できることを示した。

 「感染症の流行予測には、これまでSIRモデルという古典的な数理モデルが使われてきましたが、私は機械学習によるAIを用いて、大量のファクターからより高い精度で予測しています。これにより、感染抑制に効くファクターXを導き出そうとしています。普段から公的統計などを扱い、データの癖を熟知しているからこそ、それらを加工して有用な情報を抽出できるのです。それがデータサイエンティストの役割と言えます」と水野は語る。

情報と社会の相関から課題をあぶり出し、解決につなげる

 水野の研究分野は「計算社会科学」と呼ばれる新しい学問である。専攻は物理だが、自分の研究を社会問題の解決に活かしたいと、経済物理という融合分野で博士号を取得した草分けだ。為替や株価の動きの変化の背後にあるディーラー同志の相互作用を粒子の動きに見立てて調べる、つまり物理的なアプローチで経済・社会の問題を解くことで、バブル崩壊などの足下のリスクを予見できるという。

 よりグローバルな社会課題に関心をもつようになったのは、長男が生まれた年に、イスラム国で人質となっていた二人の日本人が殺害されたことがきっかけだった。

 「遠い国の出来事だと思っていたことが、他人事ではなくなった瞬間でした。たった6人を介しただけで世界中の誰とでもつながると言われるように、日本の経済活動が海外の思いがけない事象とつながっていることがあります。そこで、投資などの資金の流れや取引データを数珠つなぎにして、ネットワークを俯瞰的に見ることで、森林破壊や児童労働などに加担していないか、ブラックマーケットとつながっていないかといったことを調べて、リスクを示す取り組みもしています」

 これを発展させて、最近、「ネットワーク・パワー・インデックス」という指標をつくった。ある組織や政府が経済ネットワークを介して、誰にどれくらい影響力をもっているのかを算出するための指標である。「風が吹けば桶屋が儲かる」といった、従来なら簡単には推し量ることができなかった現象を、指標によって定量化する試みだ。例えば悪い影響がグローバルに広がる前に何らかの対策を打ったり、過去からの時系列データを見ることで、ある企業や国がどのような戦略のもとで動いているのかを類推したりすることもできるようになるという。

 「つまり我々データサイエンティストは、社会科学で問題とされてきた課題を解決に導く手段をもっているわけです。ESG投資への助言や、社会の新しい需要を掘り起こすためのコンサルティングなどもお手伝いできると思っています」

(取材・文=田井中麻都佳、撮影=古末拓也)

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