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サイバー世界の興亡を見つめる

社会科学者のまなざし

サイバー世界にも覇権を巡るさまざまな動きがある。 今、NII の社会科学者の一人が注目しているのは、仮想通貨の行方だ。 情報制度論の研究者として、既存の学問体系ではカバーしきれない仮想通貨の課題に向き合っている。

岡田 仁志

情報社会相関研究系

准教授

東京大学法学部第一類(私法コース)および第二類(公法コース)卒業。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士前期課程修了。同・博士後期課程を退学し、同研究科・個人金融サービス寄附講座助手を経て、現職。博士(国際公共政策)。専門は情報制度論。仮想通貨の登場が国家・経済・社会に及ぼす影響について考究する。

人間の「欲望」を不正防止に組み込むブロックチェーンとマイニング技術

 「仮想通貨の典型であるビットコインシステムには中心がなく、P2P(ピアツーピア:すべての参加者がネットワークの一部として対等であるような方式)による完全な分散型の電子マネーで、これを実現したことは現象として興味深い」と岡田仁志は言う。「Satoshi Nakamoto」と名乗る人物がその仕組みを発明し、2009年から運用が始まっている。

 発明の肝は、公開帳簿システムに技術的な不正対策を組み込むだけでなく、人間の欲望をも組み込んだことにあるそうだ。具体的には、碁盤の目のように並んだノードが流れてくる取引を記録し、さらにつながっている最大8個のノードに取引を送る。ノードは、誰もがボランティアで提供できる自由参加型だ。現在は1万1000程度のノードが世界中に散らばっている。そして公開帳簿の不正を防ぐのが、マイニングという仕組みだ。

 公開帳簿であるブロックは、取引をかき集めて煮凝りのように固めてしまい、取引を取り出せないように加工したものだ。これをマイニングという。単純な計算を繰り返し、ある数字が発見されると、ブロックが固まる。最も早く固めた者が、新規発行のビットコインを報酬として得る。ブロックを次々とつなげたものがブロックチェーンで、時系列に並んだ公開帳簿だ。マイニングには誰でも参入できるが、採掘マシンは熱を発するので寒冷地が有利で、中国東北部や西域付近に集中している。

 中心のないP2Pネットワークでは、参加者の一部が結託して偽の情報を流すことができる。こうした不正の可能性があるので、完全に分散型の通貨というのは存在しなかった。ところが仮想通貨は「先着1名しか報酬が得られないので、結託して共同謀議を図るヒマがない。そこが仮想通貨の技術的な跳躍なのです」。いまだに仮想通貨は動き続けていて、10分ごとに1個のブロックが生成されている。

直接民主制か帝国か仮想通貨の潮流を注視

 「社会現象としては興味深いシステムではあるのですが、持続可能かといえば、そうとも言えない。仮想通貨は分散と集中のはざまで揺れています。それがどう仮想通貨の構造と関わっていくのか、そこが社会科学として面白いところで、常にその動向を観察しています。システムに機能不全が生じた場合には、その要因を研究者らと議論し、解決策を探求します」

 例えば、昨年に相次いだ仮想通貨の分裂問題。仮想通貨のほぼ完全なコピーが登場して、分裂と称して動き出す。仕組みはよく似ていても、一方は共同合意で進める分散システムで、他方は一企業が電子通貨を発行するシステムだ。後者は本質的には一企業でコントロールできる。ある国の中央銀行がコントロールすれば、それは電子通貨になる。「自国通貨で受け取るか、海外発行の電子通貨で受け取るかは国民の自由だということになれば、自国通貨が消えてしまうこともある。通貨の乗っ取りですね」

 今後、ブロックチェーンを使ってあらゆるサービスが提供されるようになると、サービスと反対方向には何らかの通貨が流れる。ホテルを予約して代金を送金すると、ブロックチェーンを通って電子キーが手元に運ばれてくる。仮想通貨とブロックチェーンは別物ではなく、表裏一体なのだ。こうしたブロックチェーンエコノミーの時代が到来しようとしている。そのとき、仮想通貨は、直接民主制の分散システムでいくのか、それとも誰かが帝国をつくるのか。その歴史的展開から片時も目が離せない。

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