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IoTシステムの安全性を高め、

Society5.0 の実現に貢献する

外出先から自宅のエアコンを操作する、植物の土壌から湿度などのデータを収集して解析する。さまざまな「モノ」をネットワークにつなげるIoT(Internet of Things)は、今や多くの分野で必要とされる技術だ。一方で学術分野では、IoTで収集したデータを活用するデータ駆動型の研究開発に注目が集まっている。竹房は、安全なIoTシステムの構築を助ける基盤づくりに取り組んでいる。

竹房 あつ子

アーキテクチャ科学研究系

教授

2000年お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了、博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、カリフォルニア大学サンディエゴ校客員研究員、お茶の水女子大学大学院助手、産業技術総合研究所研究員、主任研究員を経て、2016年に国立情報学研究所准教授、2021年より現職。専門は計算機科学、計算機システム、システムソフトウェア。2021年に第16 回電子情報通信学会通信ソサイエティ論文賞(Best P aper A ward)受賞。2021年10月より科学技術振興機構(JST) C REST [ S5基盤ソフト]領域研究課題「形式検証とシステムソフトウェアの協働による ゼロトラストIoT」の研究代表者を務める。

さまざまな分野の研究者がIoTシステムを構築できるサポートする

 竹房が取り組むプロジェクトは主に2つだ。1つ目は、IoTシステムにおいてセンサーからのデータを安全かつ効率的に収集・蓄積・解析するためのソフトウェア「SINETStream」の開発である。

 「IoTシステムでは、離れた場所にあるセンサからのデータを安全かつ確実に収集し、解析する必要があります。しかし、IoTシステムの開発には高度な知識が必要であり、非情報系の研究者にはハードルが高いのが現実です。『SINETStream』が提供するAPIを使用すれば、広域ネットワークを介したIoTシステムを比較的容易に開発できます」

 SINETStreamの開発は、国立情報学研究所が2018年から運用する「SI NET広域データ収集基盤(2022年度より正式名称が『モバイルSINET』に改称)」のサービス開始に続く形で始まった。モバイルSINETは、大学やクラウドの計算機からセンサが接続されたモバイル環境までを仮想的な専用回線(VPN)でつなぐ学術ネットワークだ。モバイルSI NETを使用すれば、広域に分布したセンサからのデータの収集と解析をセキュアに実行できる。まさにIoT系研究を行うためのネットワークである。

 「モバイルSI NETというI oT用のインフラができても、具体的な活用例を示さないと研究者の方々に使用してもらえません。そこで私たちクラウド基盤研究開発センターのメンバーが中心となり、モバイルSINETを使用したオンライン動画像解析のデモアプリケーションを開発しました。その開発過程で、センサからのデータを安全かつ効率的に収集・蓄積・解析するためのソフトウェアが別途必要だという話が出たのです。そこから、SINETStreamの開発が始まりました」

 SINETStreamには、データの収集および解析、各種デバイスの認証、バックエンドで動作するメッセージングシステムの隠蔽など、さまざまな機能が存在する。中でも注目すべきは、そのセキュリティの高さだ。医療情報のように秘匿性の高い情報をネットワーク経由で扱う場合、モバイルSINETのVPN機能だけでは安全性が不十分だ。そこでSINETStreamには、SSL/TLSで実現されるような通信時の暗号化だけでなく、センサデータを暗号化する機能が搭載されている。

 「広島大学との共同研究で、人々の脳波データを収集して感情を解析するIoTシステムの研究開発を進めています。この研究では脳波というプライベートなデータを扱う必要があったため、モバイルSINET+SINETStreamの高いセキュリティ機能が必要になりました」

 SINETStreamの基盤部分はすでに実装が完了している。今後は使用者へのヒアリングを実施しつつ、さらに機能を拡張していく予定だという。

 竹房が取り組む2つ目のプロジェクトは、IoTのセンサー端末側でプログラムを安全に動作させるための研究だ。この研究は、「形式検証とシステムソフトウェアの協働によるゼロトラストIoT」という名称で2021年度の科学技術振興機構(JST)CRESTに採択されており、10月にスタートしたばかりだ。

 「今回の研究は、理論計算機科学の研究者との共同研究である点がポイントです。『安全性が高くて信頼できるIoTとは何か』を、理論とシステムの両側面から検討します。理論研究者との共同研究は初めてなので、非常に楽しみですね」

IoTの可能性を最大限に高めたい

 センサからデータを収集して解析する、というIoTの枠組みはすでに完成している。しかし、IoTの安全性に関しては多くの課題が残されている。

 「例えば、市販のWebカメラなどにはデフォルトのパスワードが設定されていますが、多くの人がパスワードを変更しないままで利用していることが知られています。これはセキュリティ的には大きな問題です。IoT端末の数は増えていますが、安全対策が追いついていないのです。IoTの安全性向上に関してはさまざまな研究課題があるので、今後も積極的に取り組んでいきたいと考えています」

 一方で、IoTには大きな可能性がある、と竹房は言う。

 「IoTは、Society5.0の実現とも大きく関わる技術です。例えば、IoTでスマートメーターのデータを収集して電力供給量を検討する、といった使い方もできます。スマートシティやスマートホームでもI oTは必須ですね。今後も研究を通して、IoTの可能性を高めていけたらと思います」

 好きな言葉は、作家・井上靖氏の「努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る」。「システム開発には企業や海外の研究機関など、多くの方が関わります。意見がまとまらない場合も多く大変ですが、1つのシステムをつくり上げる作業は非常に楽しいものです。今後も常に努力を続け、希望を語れる人でいたいと思っています」

 IoTの可能性を追求してSociety5.0の実現に貢献する、竹房の目はまっすぐ未来を見つめている。

(取材・文=太田 真琴)

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