光をデザインして物体の中を見る

非接触・非侵襲のイメージング技術

佐藤 いまり

コンテンツ科学研究系

主幹

研究分野

コンピュータビジョン

コンピューテーショナルフォトグラフィー

画像解析

研究背景・目的

 私たちが普段見ている光は、大変たくさんの情報を含んでいます。光は、現実世界の物体に作用し、反射、屈折、吸収、散乱などの光学的過程を繰り返しながら伝搬します。例えば、散乱体を多く含むような生体組織の顕微鏡観察において、光は散乱粒子に繰り返しぶつかり、そのたびに吸収と散乱を繰り返します。その場合、透過光と散乱光の重ね合わさった情報が観測され、散乱の影響により不鮮明になってしまいます。従って、透過光と散乱光を分離できるならば、染色を行わずに、吸収スペクトルなどの組成情報を正しく計測できるようになります。また、物体内の光の伝搬の様子を画像としてとらえることができれば、物体内部の光が作用している物理的特性などを推定することができ、実世界を理解することに役立ちます。

研究内容

 光源のパターンとカメラを組み合わせた撮像技術により、物体の組成情報や光の伝搬等の物理的特性を解明する技術を研究しています。照明とカメラの焦点位置を調整した顕微鏡において、投影した高周波照明の明暗の差異による観測光の変化に注目し、厚みのある試料の全ての深さの光が重ね合わさった観測から、透過光と散乱光を分離することが可能になります。さらに、空間的に高周波な照明パターンのサイズと散乱角度の関係性を導き、空間位置ごとの散乱角度特性を抽出することができる仕組みです(図1)。散乱特性は、がん検出などにも有効であると近年注目されており、本研究の病理診断への応用が期待されています。また、通常の可視光光源とカメラを用いて、物体表層内の光の拡散や散乱による伝搬過程の可視化も可能にします。物体内の光の伝搬距離に着目し、ある半径のリングライト下と、それより少し大きい半径のリングライト下の画像同士の差分は、光の伝搬距離がある距離区間に限定された画像になることを示しました(図2)。

図1)透過光と散乱光の分離および散乱特性の計測本顕微鏡システムおよび撮影画像例を示す(左)。サイズの異なる空間的に高周波な照明パターンを利用することで、空間位置ごとの散乱角度分布例(右)を抽出でき、従来計測が難しかった詳細な生体組織の散乱特性の3次元イメージングが可能になる(中央)。
図2)リングライトによる光の伝搬過程の可視化リングライトによる光の伝搬過程の可視化(キウイ)。キウイ断面を通常照明で投影した画像(左)、リングライト照射の様子(上段)、キウイ断面に上段の各半径のリングライトを照射し、内部を可視化した画像(中段)、光の伝搬距離ごとに分けられた画像列(下段)。

産業応用の可能性

 生体組織の構造や機能の解析が非常に期待されていますが、複雑な構造で複雑な内部散乱を生じることから、観測光成分を詳細に分離することは容易ではありません。本イメージング技術は、染色不要なことから生細胞へのダメージを回避できる病理診断や、物品検査等さまざまな分野の計測分析にも汎用でき、光の伝搬過程や色の復元も可能にします。

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